疲れた時に、癒しの存在となるもの

そもそも、人が癒しを求める時は、傷ついていたり非常に疲れている場合で、突き放した言い方では、ゆっくり休んでください、ということになってしまいます。けれども、そういう時ほどなかなか寝付けなかったり、眠りが浅くて疲労が全然解消されません。癒しは、質の良い眠りを誘う特効薬のようなものなので、いくつか試してみて、自分にぴったりフィットするものを選ぶべきです。余計なお世話かもしれませんが、村上豊彦の思う質の良い癒しを、独断と偏見でおすすめしたいと思います。

やわらかいクッションにはまりました

友人から勧められて、うっとりするほど柔らかいクッションを購入しました。中身はとても細かいビーズが絶妙な割合で詰められていて、私にフィットした形状に寸分たがわずピッタリと当てはまるのです。仕事中でも、ストレスに押しつぶされそうになった時は、クッションに頬を当てて癒されたいと思ってしまうのですから、このはまりようは尋常ではありません。子供の頃の私は、お気に入りのタオルが手放せなくて、どこに行くにも持っていったし、寝る時は当たり前のように、頬にすりすりしながら眠りについていました。成長すると共に羞恥心が芽生えて、いつしかタオルがなくても生活できるようになりましたが、今になって柔らかいクッションにはまっているのは、手放したタオルの代替品を心がずっと求めていたんだと自己診断しています。

猫のぬいぐるみに癒しを求めています

我が家の猫は、私が淋しい時にぎゅっと抱きしめると、思いっきり抗ってスルリと逃げてしまいます。自分が淋しい時は、身体をすりすり押し付けて媚びてくるのに、全く勝手なものです。そんな時、埋められない淋しさを埋めてくれるのが、ぬいぐるみの猫です。逃げてはみたものの、気になって物陰から覗いている飼い猫に、それ見よがしにぬいぐるみを可愛がっていると、「わたしも!」と急いで駆け寄ってくる姿に、なぜか私は癒されるのです。ようするに、ぬいぐるみは当て馬で、猫はまんまと私が仕掛けた罠にはまってしまいます。子供じみていると、笑うなかれ。人はみな淋しいものです。淋しがり屋な生き物だから、癒しあいながら共存していきましょう。

面白い動画を漁っています

最近私は、面白い動画にはまっています。受けねらいで無茶をするものでは決してなく、ノンフィクションのズッコケものや、面白可愛い動物ものがお気に入りで、ときにはお腹を抱えて大笑いすることもよくあるのです。まず第一に、悪意がなくて罪がないこと。意図してないので、そのままの本性が垣間見えて、人も動物も愛すべき対象に思えてしまいます。一見ひねくれて見える子供の、道理に合わないむちゃくちゃな言い訳も面白くて、時々飲み会などでこっそりパクって使うこともあります。ただ、面子を考えて使わないと、嗜好が似ている友人だと同じものを見ていて、ばれる事もあるので、細心の注意が必要となるのが悩みの種です。テレビがつまらない時や、暗いニュースばかりが報道されている時は、動画に目を向けると新しい発見があるかもしれませんよ。

まとめ

これはあくまでも、村上豊彦の独断と偏見なので、どれ程みなさんの癒しのご参考になるかわかりませんが、実際のところ、かなり効果的で助けられています。私思うに、手触りのいいものや柔らかいものは、本質的な癒し効果があるようで、音楽もゆったりとしたテンポの柔らかい音質が耳障りよく聞こえるみたいです。ペットはいうまでもなく、その存在自体が癒しそのもので、これらに囲まれて、私はとろけるような日常をおくっています。